ごあいさつ

MESSAGE

人・地域・社会に役立つことが「誇り」

SEジャパン代表である私・島村圭伸は、高校を卒業後は航空自衛隊の道に進み、約10年間務め、さまざまな経験をしました。中でも、9.11以降のイラク復興支援では、言葉に言い表すことができない悲しみ・怒りと命の尊さを思う感情を心に抱いたことを時々思い返します。
自衛隊を退職してからは、いろいろな仕事を経験しました。自衛隊の最前線で体力と瞬発力を培い、長く飛行情報管理の仕事に携わっていたこともあって、「職業の選択」にはあまり困りませんでした。
医療機器の大手企業ではフィールドエンジニアとして勤務していました。人の命を守る医療に関する仕事に従事することは自衛隊の使命とオーバーラップし、毎日が充実していました。
しかし、多忙を極めていたため、家族から体調のことを心配され、また、自分も子どもが小さい時に家族との時間を大切にしたい気持ちもあり、転職を決意しました。

いろいろ探していると「PCのエンジニア・高知支店立ち上げスタッフ募集」という求人が目に留まりました。週休二日でフレックスタイム制、給与も十分でした。志望すると即採用に近い返事をもらい、「一週間、関西本社のほうで研修だから」と言われました。意気揚々と出向くと「エンジニアのほうは定員埋まったから営業で」と言われました。ここで思い返せば良かったのかもしれませんが、「ああ、そうなのか」と受け入れたことが運の尽きでした。
「これから研修だから」と車で連れて行かれた先は大規模な住宅団地でした。そこでアンケートを渡され「100件アンケートを取ってこないと会社に戻れないから、終わったら連絡して」と言われて置き去りにされました。
このような、今思えばおかしな研修の連続でしたが、当時は「できないのは自分がまだまだだからだ」と解釈し、果敢に挑み続けました。自衛隊という厳しい「縦社会」の習慣のおかげで会社や上司からの指示は「絶対である」と、特に疑問にも思わず、すべて従っていました。

 

怒涛の研修期間を終え、いよいよ高知での仕事開始です。意気揚々と出社しました。…というのも、「所長」という肩書がいきなり付いたからです。しかし、事務所には誰もいません。自分のデスクしかありません。恐る恐る本社に尋ねてみると、「ああ、独り支店ですから」とあっさり答えが返ってきました。「え?」とは思ったものの、そこは究極のイエスマンでしたので、「そうなのか」と自分を納得させました。
しかも、「営業ノルマ月間100件」を課せられました。さらに「ノルマ達成できなかったら支店が成立しないからね」との言葉を添えられました。
そして、島村所長率いる(?)新支店の成績は48件。100件には遠く及ばない結果となりました。しかし、後で「スーパー営業マンでも40件が関の山。何も疑問を持たず、くじけずにここまで契約できるのはすごいこと」だと聞かされて、拍子抜けをしました。この快挙が認められて、全国トップ成績として表彰され、うれしいことに部下もできました。
おかしなことは多々ありましたが、頑張って目に見える結果を出せばそれなりに評価をしてくれる会社だったな、と今では良い思い出です。

「究極のイエスマン」であったことともう一つ、私の長所のような短所のような性格が「人から悩みを相談されたら親身になりすぎる」ところです。

部下も率いることができて、所長としてそれなりに充実していた時、部下の一人から「相談がある」と言われました。話を聞くと「太陽光発電システムの営業会社が、優秀な営業マンを探している。どうしても助けてあげてほしい」という内容でした。いろいろな条件なども加味して、私自身が転職することにしました。(最初からそのつもりで相談されたのだと思います)
新天地でも好成績を上げることができましたが、いろいろな経験を積むうちに私の中である思いがふつふつと湧いてきました。

「やればやるほど」高い評価を得られるのは良いことですが、「やらなくてもいい」というスタンスだったり、信念もなくそこそこの仕事でやり過ごす人たちを見ながら残念な思いを抱くことがよくありました。
また、企業側は福利厚生や給与体系などの整備が整っていないところもあり、そういう会社では従業員が必ずと言っていいほど不満を口にしていました。

自衛隊を辞めて約10年。
いろいろな経験を積んだ今、そろそろ自分で会社を立ち上げてみようと決心しました。

私らしい貢献のスタイルはなんだろう?

ひらめいたのが警備会社でした。人と社会を守る国の機関である自衛隊のノウハウを民間で活かせると考え、「SEジャパン」を設立しました。

警備会社を立ち上げようと思った理由はもう一つあります。
最初に警備員として勤め始めた時に、「人々の暮らしを守る」という使命は自衛隊員と同じなのに、仕事への熱量が全く違うことに愕然としたのです。
あえて真っ直ぐ言いますが、警備業界に対する世間の評価は決して高いものとはいえません。それは、警備員になるためには学歴は必要ないことが大きな理由の一つであると思います。
そのようなことから、警備業界は有象無象の集まりであるという印象がいつしかできあがってしまいました。そして、私自身も警備業に携わった時に世間と同じ感想を抱いたわけです。
しかし、警備の仕事は突き詰めていくと、誰もが簡単にできる仕事と解釈してはいけないことがわかります。多くの人の命や仕事を守るために備えるということは、高い倫理観と強い責任感が必要なのです。
その時、「恥ずかしながら自分自身も抱いてしまった、警備業に対するマイナスのイメージを払拭し、誰もがプライドを持ってイキイキと仕事ができる会社にしよう」と心に決め、もちろん現在進行形で思いを貫いています。

総合警備事業・電気工事事業SEジャパン株式会社

ちなみに、SEジャパンを設立してからも、個人の仕事として太陽光発電の営業を行っていました。その方面でも、私の「自分ならもっとこうするのに」という気持ちが芽生えてしまいました。
自分は太陽光発電の営業ができても設置まではできないので、工事は電気工事会社に委託しないといけないというのは当然のことですが、私は「もっと自分の思うスタイルで施工までお客さまと関わりたい。ではどうすれば良いのか…会社に電気工事の部門を作ればいい!」、と考えました。
そうひらめいた矢先、以前一緒に仕事をしていた先輩と再会し、自分の現状を話すと共感してくれ、電気工事技術者として入社してくれることになりました。それが当社の現工事長です。

工事長はこんな話をしてくれます。

営業は、「お客さまの立場」を一番に考えるポジションであり、技術は「お客さまのため」を考えて手を動かすポジションですが、「お客さまに満足いただく」ためには営業も技術も「お客さまの立場」と「お客さまのため」の両方をバランスよく考えていかなくてはならない。

営業は「お客さまの立場」を考えてサービス提案や工事のスケジュールを組み、「お客さまのため」を思って、工事がスムーズにできるような配慮を行うことが大切。
技術は、「お客さまのため」に、自分の施工技術をフルに発揮し、「お客さまの立場」に配慮して服装や言葉遣いをするべき。

まさに私が理想としていることを、さらりと話してくれる工事長は、SEジャパンにとってかけがえのないパートナーのうちのひとりであり、なんと言っても人生の先輩です。

島村圭伸

これからどんな未来が待ち受けているでしょうか。
予測を立てることはできますが、正解は誰にもわかりません。ただ、一つだけ自信を持って言えるのは、「人のため、社会のためになることを、自分が本当に自信を持って胸を張って貫いていくことが大切」なのではないかと思います。それを一言でスマートに表すと「誇り」ということになるのでしょう。
SEジャパン流の、ちょっと他より熱いかもしれない誇りを持って、これからも歩み続けていきたいと考えています。



SEジャパン株式会社
代表取締役 

島村圭伸社長

お問い合わせ

MAIL

TEL:088-821-6550

高知県版SDGs 健康経営優良法人 パートナーシップ構築宣言
 SEジャパン株式会社

ページ上部へ